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【日本版 / 台湾版】
家を建てるのは多くの人にとって一生に一度のことであり、人生でもっとも大きな出来事の一つでしょう。ですから、クライアントにはとにかく家づくりのプロセスを楽しんで欲しいと思っています。どんな家を建てるのか、その家でどんな生活をするのか、たっぷり夢を見てください。家づくりには可能性がいっぱいあります。「こうしなくてはならない」という決まりはありません。自分の個性を思いきり出していいのです。
設計者にとっても、その家は世界に一軒だけの特別なものなので、もちろん楽しくあるべきですが、信頼されて任されているのですから(大変な額のお金もかかっていますし)、まずプロとしての責任を果たすことが大事です。喜びとプライドと余裕をもって、自分の考えをクライアントの目を見ながら伝えられるようにして欲しいと思います。
建物づくりで大切なのは「一緒に」という意識です。設計者は、自分がやりたいことをやるためではなく、クライアントのためだけでもなく、一緒に一つのものをつくり上げていこうという気持ちを持つことが大事です。建物は完成するまでに1~2年はかかるので、途中で煮詰まってしまう事がどうしてもありますが、そういう時にこの本から何か解決のヒントが見つかればいいとねがっています。具体的な方法が見つからなくても、パラパラめくりながら「そうそう、こんな感じ!」と雰囲気をつかむだけでもいいのです。そして打ち合わせの時などに、この本をコミュニケーションツールとして使ってみるのもいいでしょう。
新装カラー版
私はシンプルでありながら温かみのある、懐かしくて新しい建築をつくりたいをと思っています。日本の伝統的な建築のディテールや素材づかいを取り入れるのは、その「懐かしさ」をつくるため。昔の建物には、例えば京都の町家は蒸し暑い気候の中で風通しがうまく考えられているように、土地の自然を読み解いた地域性があって、そのディテール一つ一つに確かな理由があります。 新しい建築の中に懐かしさがあったり、どこかに昔の記憶が感じられるものがあったりすると、人は安心することができます。私は、家に帰ってきた時にホッとする温かな安心感をつくりたい。その安心感をつくるために、空間の形よりも人に近いところ ―すぐに目に入るところ、直接肌が触れるところ― の素材感、形、仕上げに気を配りたいと考えています。特に触感は思い出と密接につながっているので大事にしたい部分です。 そうしたディテールにはこだわるけれど、全体としては控えめでシンプルであるよう意識するのは、人やモノを受け入れられる建築でありたいと思うからです。クライアントが大事にしてきたもの、思い出のあるものを大らかに受け入れられる家にしたいです。 家は白いカンバスです。新しい人生を描くところです。でも、家づくりは昔の人生とこれからの人生のちょうど境目にあって、何もかもが新しくスタートするわけではありません。人は懐かしさやホッとするものがあってこそ、勇気を持って新しい生活を始めることがことができます。前のものを受け止めながら、先のものをつぶさない、そんな許容量豊かな家を建てたいと思っています。 そして、クライアントだけではなく、ご近所の人にも、たまたま 通りがかった人にも「この家いいね」「気持ちよさそう」と感じてもらえるような家でありたいものです。 そういう家は長く愛され、住む人が変わっても世の中に残っていきます。多くの人に受け入れられるためには、やりたいことを整理して、どこまで冒険できるか考えること。ちょっと控えめに、一歩引いて。 家は人生というドラマが演じられるステージであり、生活を容れる機能的な箱でもあります。日本の言葉で表現するとしたら「黒衣」のような存在。それはそれでとても格好いいと思います。舞台の上でスポットライトを浴びるのはそこに住む人たちなのですから。
アンドレアさんの建築
野沢正光(建築家・野沢正光建築工房)
ドイツに出向く機会が多い。もちろんここはワイゼンホーフ、バウハウスなど30年代近代建築が見事に保持されている地であり、ごく新しい建築が今日の課題を大胆に引き受け独創の姿を示している地でもある。デッサウの環境省の建築とボンのドイツポスト、環境配慮をデザインの根拠としながら傾向に大きな違いを見せるこの2つの建築に様々な提案を可能とするテクニカルなアプローチがここにあることを示している。その背景には層の厚い多くのエンジニアの存在があるのであろう。
先日もバルコニーなど外気にさらされる部位を熱的に切断しヒートブリッジを絶つディテールを製品化したアントレプレナーの企業を訪ねる機会があった。環境を指標とした工夫が新しい製品開発を通じ新たな産業をおこしている、このことにも感じ入る。
アンドレアさんはそのドイツ、コンスタンツに生まれシュツットガルドで建築を学び日本を生活の場とした人である。
先日機会を得て彼女が設計した八幡平のピーエスの工場IDICをやっと訪れる機会を得た。この建築は16年前も以前に竣工している。アンドレアさんの処女作といっていい建築だ。それがここにあることはもちろん以前から知っていた。寒冷の地での計画は実に正統に環境配慮型であり、典型としてのソーラーハウスだ。
ガラスに覆われた南面の緑地にはアンドレアさんが選んだヤマナラシが大きく成長し影を落とし映っている。カーテンウォールはドイツのサッシメーカーが開発したヒートブリッジの問題をクリアしたものだ。内部は二層分吹き抜けている。冬は奥にまで陽が注ぎ、コンクリートの躯体はその熱を蓄える。植物が高みまで茂る。暖房の諸装備はピーエスならではのものであり、実にうまく建築と調和している。特に手摺とラジエーターが一体となったディテールは見事だ。ここはこの企業が生み出す製品を開発し検証する場でもある。いくつかの製品が17年の間に付け加えられている。この時間の中で建築がオーナーと建築家の手によってより素敵なものになっていることを確認した。
最近、輻射による室内環境がエアコンなどの空気によるものに比べて快適であることが再確認されている。ここにはその極めて確かな実例がある。このことへの自身、それがここに充満している。建物北面は二層分の高さを持つ工場である。北海道の工場とここがピーエスの生産の拠点である。もちろん躯体外側は厳重に断熱されている。
敷地は広大であり、自然のままの樹林に覆われた丘陵である。工場団地として開発が計画されていたところを造成することなく自然のままの環境を保持し工場を建設する、ピーエスの当時の社長はそんなこの国の常識とはまったく異なる決定をし、自治体を説得したと聞く。訪れた日、ガラスの向こうの明るい森に鹿が現れわれわれを長い時間見つめていた。工場用地として私たちがイメージするものと考えられないほど大きな違いを見せる。卓見に驚く。その中に2つの宿泊用の建築が建つ。これももちろんアンドレアさんのデザインである。一方が外断熱のコンクリート造、もう一方が木造である。こうした選択もシェルターの持つ特性を体験としてケーススタディすることを意図したものであることはいうまでもない。
アンドレアさんとは事務所が近いこともあり最近お目にかかることが多い。私からお誘いし小さな勉強会にでむいてもらったりもする。建築の熱的性能を考える勉強会だが、進めるにつけこの分野でのヨーロッパ、特にドイツや北欧諸国の地道な工夫に注目することになる。そのためのお誘いだ。ドイツが試みる「パッシブハウス」といわれるエネルギー使用量のきわめて少ない住宅計画についての情報交換などを通じ私たちが私たちの国の「パッシブハウス」を予断なくゼロから考えることの必要を考える。私にとって20数年前に奥村昭雄さんたち数人が集まり数年かけあれこれ考え、屋根を利用した空気集熱太陽熱利用暖房換気システムを開発したこと、その経験と同様な試みをできないか、との思いもある。
建築を作る中で「習慣」の大切さとともにそれを冷静に考えることの大切さを考える。さまざま国で取り組まれていることを知る、それが教えてくれることは相互に大きいものかもしれない。たとえばドイツがそうした地であろう。自然の中に立地する工場、という発想もそこから現れたものなのかもしれない。使い続けながら当初の考え方を尊重しつつ改善を試みることも。
アンドレアさんが日本の「良さ」を話す。そのときにも私は「習慣の大切さとともにそれを冷静に考えることの大切さ」を思う。建築をそうした仕組みの中で応答させ考えることの意義、今後そのことによりより面白い試みが出現することができないか、そう考えるのだ。